嫌なこと、つらい事、しんどいことを残したくないと思い、ブログもお休みし、ずっと続けてきた日記も書けなくなってしまいました。
何とか今日まで生きていました。
子どもに負担をかけ、不安な思いをさせて、生き永らえています。
以下、毒吐き(1)
この数年間音信不通になってしまい申し訳ありませんでした。私は一昨年還暦を迎えましたが、厄年というものはこれほどつらく苦しいものかと思い知る経験をさせていただいています。
仕事では、経験したことのない負荷がかかる人員配置になり、初めこそ仕事で培った支援スキルを実地で試す良い機会だと前向きに受け止めていましたが、到底一人で担えるものではなかったとすぐに知ることになりました。幸か不幸か、また翌年人事異動があり、部署の人数も増えたのですが、私以外の全員当該業務が初めてというメンバーになり、一から教えながら自身の仕事もする日々。あまりにも忙しいために有給休暇すら取れませんでした。そして昨年4月の人事異動では、部署の一人が再雇用になり、勤務日数が減って全体のマンパワーは減少。その中で支援対象者はこの3年間右肩上りに増え続けています。
思い余って西宮の門戸厄神東光寺さんにお祓いに行くことまでしました。上司からは「仕事量を減らすためにはちゃんと支援をしようと思うな」と本末転倒の指導を受け、今まで業務として当たり前だった支援の一つ一つに「しなくていい」「行く必要がない」とダメ出しをされる。
さすがに諦めの悪い(粘り強い)私も、年度末で退職する方が良いのかもと頭をよぎる昨今です。この15年間、すべてのことは支援対象者から学ばせていただき、他の機関の支援員さんたちからも大切なことを教えていただきました。でも本来の支援ができないのなら、私でなくても構わないではありませんか。
そんな状況の中でうつ病が再燃してしまい、薬の力を借りて何とか働いています。それ以上に、ここ2~3年、なぜか支援対象者の帰結があまり良い形にならないことも、私のやり方が間違っているのか、私の運気の悪さが足を引っ張っているのかと、ネガティブな考えがどうしても浮かび、もし私が担当していなければもっとうまくいくのではないかと思えてならないこともあります。
後厄が明ける2026年の2月4日を無事に迎えることができれば、それ以上何も望むことはないかもしれません。
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