2021年5月22日土曜日

不在者投票


  宝塚選挙区の県会議員補欠選挙が23日にあり、父は不在者投票をしました。妹に宝塚市の選挙管理委員会に行ってもらって不在者投票の手続きをしました。宝塚市の選管から我が家に(父宛に)この封筒が届きました。この中に投票用紙と2重に封入するための封筒が2枚入っていました。

 これを持って当地の選管へ行き、職員立会いのもと投票用紙に記入し、自身の手で封入して、それを当地の選管から宝塚の選管へ郵送してもらいます。案外簡単に不在者投票が終わりました。

 父はこれまでたぶん必ず投票に行っているはずです。今は一時的に我が家にいますが、父の投票権は守りたいと思いました。

 ただ、選挙公報は届かないし(ネットでダウンロードして拡大コピーした)、選挙カーが回ってきたり演説を聞いたりすることもなく、なんとなく盛り上がらないのは致し方ありません。

 次の選挙は県知事選挙でこれはいいとしても、衆議院議員の選挙があれば選挙区が違うので、ちょっと混乱するかも。

2021年5月16日日曜日

ジイサンは自転車に乗って


 父が来て2週間です。
 最初に父を本屋さんへ連れて行き、ロードマップをプレゼントしました。父は地図を見るのが好きで、我が家へも日本地図や関西圏のロードマップを持ってきています。当地は父が持っている物には載っていないので、姫路を中心にしたロードマップを買いました。

 この2週間の間に、父は新聞折り込み広告を丹念にチェックし、ロードマップを開いて場所を確認し、市内に3軒あるホームセンターを制覇。百均にも行き、おやつを買ってきました。

 移動はマウンテンバイクです。最初次男のマウンテンバイクに乗ってもらうつもりでしたが、乗り慣れたもののほうが安全だろうということで妹たちが運んできてくれました。

 86歳の父がどんな風に街を走っているのか知りませんが、土手を走っていたら通りすがりのおじいさんから「気をつけて行きや!」と声をかけられたとか。ヨタヨタとしていたのでしょうかねぇ。


 私は父の朝ご飯とお昼のお弁当を作り、父のペースで一緒に朝食をとって、薬を飲んだり血圧を測るよう声をかけたりするために、今までより1時間早く起きています。夕方も9時に父が21時には寝るため、帰宅するとすぐに夕食の支度をし、遅くとも19時前には揃って晩ご飯を食べます。

 4月5月は休日に実家に手伝いに通っていたので、ろくに買い物にも行けなくて食材が乏しくなっていましたが、妹たちの頑張りで実家もかなり片付いてきて、もう私はお役御免になりました。昨日は久しぶりに産直市場へ行き、野菜をいっぱい買い込んできました。

 それをせっせと下ごしらえして冷蔵庫に詰め込みました。これで今週はかなり楽ができるのじゃないかなと思います。

2021年5月5日水曜日

これから半年、父と暮らす


 ゴールデンウィークが始まり、私は実家へ。実家の片付けは妹たちが奮闘して、やたらめったら置いてあった植木鉢を片付け、積んであった木材やトタンやブロックや土嚢や、灰や消し炭やその他どうにもならないような廃棄物を整理・処分して、ずいぶん広々としています。不要な木も伐採し、根を掘る作業が残っていました。

 3日に夫と次男が来て、伐根をしてくれました。



 甥っ子もお手伝い。

 
 夫の車で父の荷物は一足先に我が家へ。

 私はもう一晩泊り、4日に父と出発しました。

 緊急事態宣言が出ているため、JRの新快速が間引き運転をしており、いつもなら3時間あれば家に帰れるところ3時間半かかって到着。父も重い荷物をリュックで背負って、途中でへばらず我が家にやって来ました。

  持参のコーヒーミルで豆を挽き、コーヒーを入れる父。いろいろと勝手が違うと思いますが、普段していたことはこれからも続けてもらって、半年後には無事新築なった自宅に帰れるよう、弱らないように見守りたいと思います。

2021年4月25日日曜日

3度目の緊急事態宣言が出て




 
 八重の山吹は実家の庭に咲いているもので、物心ついた時から庭にありました。幼稚園の時に、近所の男の子が遊びに来て、花を盛大に散らして喜んでいたのを覚えています。建て替えに伴って庭も狭くなるので、この山吹は処分するそうです。

 駅から実家への道すがら、街路樹のハナミズキが満開でした。広い敷地のおうちのフェンスに絡む藤も見事に咲いていますした。

 自宅近くの土手にも雑草たちが元気に伸びています。

 3度目の緊急事態宣言が出ました。移動自粛が呼びかけられるゴールデンウィークですが、実家に父を迎えに行きます。できる限りの感染対策をして父にも移動してもらいます。

 なかなか気を緩めることができません。

2021年4月11日日曜日

山笑う





 
 今日も一日雲一つない晴れです。すがすがしい空気に誘われて散歩に行きました。

 展望台からは淡路島まで見通せました。

 童謡の小道に彩を添えるコバノミツバツツジはもう咲き終わっていました。毎年花を見逃がしてしまいます。桜が咲いたらすぐに咲き始めるのでしょうね。

2021年4月10日土曜日

父はパンにうるさい



 3月末頃はゴールデンウィーク時分の暖かさが続き、桜も満開になりました。仕事帰りに土手の桜並木を堪能しました。


 
 4月初めの週末は実家に帰り、片付けを手伝いました。

 父は昔写真に凝って、部屋に暗幕を張って暗室を作り白黒写真を現像したり、カラー写真をスライドにして家族で上映会をしたりしていました。そのスライドフィルムがたくさん出てきました。

 妹は父に「もう見ないんだから捨てていいね?」と言って躊躇なくごみ袋へ入れていきます。確かに置いていても見ることはないと思います。わかってはいるのですが、父の人生の一部が消えていくようで寂しい気がしました。

 父も母も溜め込むタイプだったので、それを片付けている妹はつくづく嫌になっていて、とにかく今使ってないものは全部捨てる勢いです。建て替える家は平屋で収納も限られており、不要なものを残しておくスペースはないし、溜め込んだいろいろなものを一気に整理するチャンスなのです。そう、わかってはいるのですが。

 まあ、父の趣味の品まで引き受ける気はありませんが、母の留袖とか一枚板の座卓とか復刻版の雑誌「赤い鳥」とか…譲り受けることにしました。いつか我が家の子どもたちや甥・姪が結婚式をするときに、母の留袖を着ることがあればいいなぁ。

 最近、旧家から豊臣秀吉の手紙が発見された話がニュースになりました。たとえば江戸時代のとある人の日記などでも、のちの世では当時の暮らしや社会の様子がわかる史料になります。でも、現代の価値観では個人の人生にまつわる品はすべて死ねばゴミ、残して迷惑をかけないよう生前に処分することが当然と考えられています。これでは歴史に空白ができてしまうかもしれませんね。

 帰宅して、お雛様を片付けて父の部屋を作りました。我が家をリフォームしたときに父が贈ってくれた電波時計とLEDシーリングライトを取り付けました。この二つは父の最強のアイテムで、これでいくらかは父にとって居心地のいい部屋になったでしょうか。

 10年前に亡くなった母はクリスマスローズが好きで、表のプランターに何種類も植えていました。その後妹がたまに水をやるぐらいで放ったらかしにしていましたが、健気に生き延びて花を咲かせています。妹が要らないのだったら貰おうと思っていたのですが、これだけは残したいから預かってと言われ、掘り上げて持ち帰りました。

 せっかくなので妹に返す分と我が家にもらう分と、株分けをして植えました。何とか根付いて育ってくれることを祈っています。

 4月に入り平年並みの気温に戻り、少し肌寒さを感じます。桜はほとんど散ってしまいました。代わりに白山吹やつつじが咲いています。



 父は好き嫌いがなく、総入れ歯で硬いものでも平気で食べます。ただ、パンにはうるさいのです。朝食の食パンはハード系の山食が好み。それもただのハード系ではなく、中までサクッとしたものでないとダメなんです。

 今、食パンの主流はふわっふわのソフトでリッチな食感のものです。そういう食パンはスーパーにも何種類もありますが、父好みのパンはなかなかありません。フロインドリーブの山食やイスズバーカリーのハード山食なら合格ですが、たまにしか買えないしどうしようかと困っています。

 そういえば父の硬いパン好きは筋金入りでした。子どもの頃休日に六甲山などによく登りましたが、その時のお弁当はおにぎりと卵焼きではなく、フランスパンにチーズとオイルサーディンだったのです。45年程前のことですからとんでもなくおしゃれなお弁当ですね。

 父好みの(実は私好みでもある)ハード系食パンを探すミッション。これは難しい(>_<)

2021年3月28日日曜日

早くも5分咲きぐらいです

 










 昨日は晴れて気温も上がり絶好のお花見日和でした。早起きして掃除をし、龍野公園から聚遠亭、龍野城を駆け足で回り、焼きたてパンを買って帰宅。今年もお花見の宴会を規制しているため、例年駐車場になってしまうグラウンドでは家族連れが遊び、静かにそぞろ歩きでお花見をしていました。







 花は桜だけではありません。今年は桜の開花が早いせいか、いろいろな花が一斉に咲いている気がします。

 駆け足でお花見散歩をしたのには訳がありました。今度実家の建て替えの間父を迎えるために模様替えをしなければならず、重いタンスを動かす手伝いに大阪の長男に帰って来てもらったのです。

 本当はゆっくり泊りがけで帰って来てほしかったのですが、万一の感染リスクを考えて日帰りで、しかも食事もしない慌ただしさでした。滞在3時間。片道2時間半もかけて来てもらって、力仕事をさせて、ご飯も食べさせずに帰すなんて本当に残念でした。コロナが終息したら、札幌の娘や長男が揃って皆でおいしいビールでも飲んでワイワイしたいものです。

2021年3月21日日曜日

お彼岸です

  暑さ寒さも彼岸までとか、お水取りが終わったら暖かくなるとか言いますが、今年はずいぶん暖かくなるのが早いです。この分では桜の開花も早いだろうと思っていたら、やはりでした。







 今日は一日降ったり止んだりのお天気でしたが、開いたばかりの花びらがしっとりと濡れてまた風情がありました。

 城下町の町家や商店や公共施設に飾られたひな人形を巡る「龍野ひなまつり」は2年ぶりの開催でした。最終日の午後、ほとんど人も歩いていない雨模様でしたが、ゆっくり楽しむことができました。

 こちらは江戸時代の享保雛です。このような古いものから平成のひな飾りまで、家々で大切にされてきたひな飾りが見られます。


 そして昨日は、叔母と一緒に実家のお墓参りに行ってきました。いつもは春と秋のお彼岸に、父と叔母が宝塚から片道4時間かけて和田山のお墓にお参りしているのですが、父は退院したばかりで、叔母が「一人では大変だから手伝って」と電話してきました。もとより行くつもりはしていたのですが、叔母といろいろと打ち合わせをして、現地で待ち合わせることになりました。

 前日に買った花を風呂敷に包んで、たためるバケツなどお墓参りセットを持ち、次男と電車で向かいました。昔から持っている木綿の大判風呂敷がとても役に立ちました。

 車窓から見える山々に山桜の薄桃色が映え、線路脇には梅の花が咲いていて、今年の春は但馬でも早い様子でした。 

2021年3月15日月曜日

桜が早くも咲き始めていました

 
 建て替えをする実家の片付けを手伝いに行っていました。近くの公園の桜が早くもほころび始めていました。

 妹たちの仕事が一段落したので、夕食は妹たちや甥姪と一緒に焼き牡蠣と牡蠣フライをご馳走になりました。毎年恒例の中の妹の誕生祝ですが、私が参加するのは初めてです。

 この場にいるはずの父は、今入院中です。ひと月ほど前から少し動くと息が切れると言っていたそうですが、年のせいだろうと思っていました。10日ほど前の朝、息が切れてしんどいと言い肩で息をしているので救急車を呼びました。もしやコロナか、そうでなくても肺炎かと皆が思ったのですが、そうではなくて心筋梗塞の兆候だったそうです。

 その後カテーテル検査の結果、左右の動脈が詰まりかけているとわかり、検査の際に一カ所にステントを入れました。いったんHICUに入り、今は普通の病室に戻りました。今後もう1カ所か2カ所にステントを入れる治療をする予定です。

 コロナのために面会は同居の妹もできません。病棟の入り口までしか入れず、必要なものはそこで看護師さんに受け渡しするようになっています。手紙を書いて家族の写真と一緒に渡してもらいました。

 ですが父は元気で(と言うのも変ですが)、食事は完食しトイレにも歩いて行っているそうです。治療が終わって退院すれば、家の片付けをしてもらわなければなりません。父の歴代の趣味にまつわる品々が気の遠くなるほど実家には積み重なっています。すべてを新居に移すことはできないのです。なかなか大変な状況です。

 次男が大学を卒業するときに彦根から宝塚まで乗って行って、そのまま実家に預かってもらっていた自転車を引き取らなければならなくなり、次男は今日実家から自宅まで100キロ余りを11時間半かけて走破しました。晴れて暖かい日でしたが、風があり、アップダウンもかなりあったそうです。ともあれ無事でよかったです。

2021年3月7日日曜日

思いの外陽射しがありました

 
 休日に晴れると嬉しいものです。布団を干したりシーツを洗ったり、お日様の力を借りて片付けたい家事がはかどります。

 年度末になり、人事異動の発表がありました。幸い私の相方は異動しないことになりました。過去3年間毎年異動があったので3月4月はとても大変だったのですが、今年は落ち着いて仕事に集中できます。

 父を半年預かるために、部屋のレイアウトをどうするか考え、今日は本棚を動かそうとしたのですが、上下に分かれるはずの本棚がどうしても外せませんでした。そもそも設置したときは私一人で作業したはずなんですが、次男と二人で押しても引いてもどうにもなりません。いくら若かったとはいえ、あれを一人で組み立てて設置したとは我ながら恐れ入ります。

 予定通りに事が運ばなかったのでちょっともやもやした気分ですが仕方がありません。

 晩はちらし寿司を作りました。ちょっと遅くなりましたが、雛の月なのでいいのです。