2020年1月19日日曜日

検査結果は異状なし

 一昨年・昨年の健康診断で肝機能の数値が一つかなり高く出て、かかりつけの内科の先生に様々な角度から血液検査をしていただいたり、エコーを撮っていただいたりしました。でも特に所見がなくて高値の原因が分からないままでした。

 「急がないけれど、一度MRI撮りましょうか」ということで、昨日紹介状を持って検査に行きました。結果、特に異常は見られないということでした。

 その病院では13年ほど前に頭のMRIを撮っており、その時の「読影が上手い先生」にまた診ていただきました。とても丁寧な説明でした。

 結局、何故数値が高いのかは分からないままですが、問題なしということでやれやれです。今度結果を持ってかかりつけの内科に行きます。先生の見立てはどうでしょう。


 観たいと思っている映画『男はつらいよ お帰り寅さん』をなかなか観に行けなくて、検査の帰りに映画館に寄ってパンフレットだけ買ってきました。

 時間がなくてカットに行けず、髪がずいぶん伸びました。

 中村哲さんの著書を改めて少しずつ読んでいます。

 中島みゆきの新しいアルバムを買いましたが、まだ開封できていません。

 萩尾望都のデビュー50周年記念の画集を買いましたがまだ開いていません。

 阪神・淡路大震災から25年を迎えました。精神科医 安克昌先生を主人公にしたドラマ『心の傷を癒すということ』が始まりました。安先生の著書「心の傷を癒すということ」を読んだのは20年近く前です。うつ病で苦しい時で、震災で傷を負った人に寄り添う先生の温かさが心に沁みて、何度も読み返しました。ドラマで安先生に会えるのが不思議でうれしいです。

 農協の直売所で野菜をたくさん買い込んできました。せっせと下ごしらえして冷蔵庫へ。ちょっと豊かな気分です。

 今週も頑張りましょう。

2020年1月12日日曜日

そういう訳にも…


 玄関のしつらえです。大黒様の色紙は叔母が描いてくれたもの。古布のネズミさんは妹が作ったもの。どちらも12年前にいただいたものです。


 昨日、今年最初の診察に行きました。手話に関わると時間がなくなります。すべきことをするだけで毎日が過ぎていき、少し時間ができてもしんどくてゴロゴロしてしまったりと、したい事をしたり大事なことに気持ちを向けたりできなくなってしまいます。でも、勉強はしなければならないし試験も受けなければならない。どうしようもないんです。

 先生は「したくないことはやめたらいいと思うんですけどね」とおっしゃいました。うつになって回復してから、以前のようにバリバリできない中で、出来るだけしたくないことをしないようにして体調を維持する努力をしているところなんですが、手話に関しては「したくないからしない」と簡単には割り切れません。

 「道義的にやめられない」と言ったのですが、わかってもらえたかどうか。やめられないからには講座にも行かねばならないし試験も受けなければならない。「ねばならない」が良くない。物理的にやることが増えて時間が削られてしんどい上に、精神的にもものすごくしんどいのです。

 私には一人でゆっくりと大事なことに向き合う時間が必要です。それが手話に関わることでなくなってしまうのは困るんです。

 どうしたらうまくやれるのか今年一年かけて考えていきたいということになりました。

 

2020年1月6日月曜日

明けましておめでとうございます

  
 ご挨拶が遅くなりました。無事新年を迎えることができ、いつもより長い年末年始休暇を目いっぱい楽しみ、今日仕事始めでした。


 31日に娘と長男が帰って来て、年が明けて岡山へお墓参りとおばあちゃん(夫の母94歳)に会いに行きました。おばあちゃんは昨年1月から特養に入所しています。寝て過ごすことが多いですが、食事はちゃんと食べ元気にしています。

 一人一人おばあちゃんに話しかけましたが、誰のことも分からないようでした。唯一娘のことは「Yちゃんか?」と言いましたが、その後話が続かず、以前だったら「まだお嫁に行かないのか」などと必ず言ったものですが、それもなくて、なんだか寂しい気がしました。

 その夜、実家で家族5人すき焼きを食べ、夫を残して家に帰りました。

往きはみずほ

帰りはさくら

  
 2日はちょっとゆっくり起きて、朝湯につかり(ほとんど昼でしたが)、息子たちと買い物に行ってリクエストのアンコウ鍋をしました。
 



 3日は娘と二人で神戸に行き、妹と会ってランチ。その後生田神社に初詣。おみくじは吉で、学問が良かったのでホッとして。3が日にお詣りすることなんてないので、賑わう参道にお正月気分を満喫しました。

3épiceのランチ



  4日はお雑煮でなくビゴのフランスパンを焼いて紅茶を淹れてモーニング。いつもの週末の掃除を次男とし、布団を干し、洗濯も張り切ってし、晩は早めにして長男が帰っていきました。


 5日は娘が帰る前に姫路城に行こうかなと言うので、私と次男もついて行きました。平成の大修理が終わってから大手前公園や三の丸広場までは何度か行っていますが、城内へ入るのは初めてです。

 間近で見る姫路城は本当に「カッコイイ!!」 ボキャブラリーが貧困やわ!と自分でツッコミながら、「カッコイイ! うわぁカッコイイわぁ」とこれしか出てこない。写真を撮りながらじっくりと見学し、その後ベーカリー燈(ランプ)でハンバーガーを食べて、娘は帰路につきました。
 
菱の門を入ったところ

西の丸から天守閣を望む



  めちゃくちゃアクティブなお正月休みでした。この休みにじっくりしたいと思っていたことはほとんどできませんでしたが、もうしょうがないです。とにかく仕事と勉強から離れて楽しめたので良かったことにします。

2019年12月30日月曜日

忙しすぎる一年でした

 27日が仕事納めで、その晩実家に向かい、28日に恒例の餅つきをし、自宅に戻って来ました。今年は試験勉強と屋根工事でなかなか大掃除が進まず、最後の最後までバタバタとしています。

 昨日は買い物(JAの直売所へ野菜を買い出しに)と通常の掃除+テレビ台の掃除をし、今日は年末最後の買い物と台所の大掃除をし、明日のおでんを仕込みました。明日はまさかの窓拭きです。大晦日に窓拭きが残ってるなんて初めてです。でも、それさえ終われば無事年が越せます。

 こうして最後までバタバタしているように、今年は本当に忙しすぎて何もできない一年でした。特にプライベートな部分が犠牲になりました。

 1.体調維持、2.仕事、3.家事、4.手話と優先順位をつけているものの、毎週手話の講座に行くために段取りや宿題に時間を割き、家事(特に掃除)は手を抜けないので休日を費やし、調子を崩さないよう睡眠時間は削れない、遊びに行って疲れてはいけない・・・となると、自分のことが全然できないようになりました。

 今年は高野山にも行けず、友達にバースデーカードをもらったお礼の手紙も、例年11月に前の主治医に書いている近況報告も出せませんでした。スケジュールをこなすことに気持ちがいっぱいで、ゆったりと大事なことに向き合うことができないのがつらかったです。

 手話通訳の勉強は来年も続く予定(毎週)です。12月にはまた試験も受けます。その中で、時間に追われ予定に追われていつもスイッチが入った状態でなく、時にはスイッチをオフにして自由な時間を持つことが絶対に必要です。こういう状態が長く続くと病気が出るのは分かっています。

 正直、毎週晩に講座に行くなんて無理です。もう二度とこんな無理はしたくないと思っています。でも来年も講座は続くのです。どうしてもしなければならないことが人生にはあるのです。

 やらなければならない事ばかりというのがダメだと、病気になってわかったはずです。自分のことは自分がコントロールしているという感覚を取り戻さなければいけません。勉強は続けても、時間とやることに追われても、コントロール感を取り戻せたら何とかやっていけるはずです。

 これを来年の課題とします。

12月21日 今年最後の神戸へ

 診察をかねて次男と今年最後の神戸に行ってきました。

 中村哲さんが亡くなってからどうも力が出ないことや、試験のこと、屋根工事が終わったことなどを話しました。試験や工事で家のことが後回しになり、大掃除があまり進んでいないので焦ってもいます。

 「がんばらないといけないですね」と言うと、「がんばらないでください」と返って来ました。何か胸に沁みるものがありました。

 でも、やっぱりがんばっちゃうかな…。


 診察後、マヒシャでランチして、ちょうど入港している練習帆船 日本丸を見に行きました。


汽船 銀河丸

帆船 日本丸

 その日はちょうど日本丸の一般公開をしており、乗船して甲板を見学してきました。ワクワクしました。

 今年最後なので、お正月の買い物もして帰路につきました。

12月9日 屋根工事が終了



 丸一か月をかけて屋根の葺き替え工事が完了しました。

 屋根屋さん、大工さん、板金屋さん、左官さん、足場屋さん、それに工務店の担当さん。とても大勢の職人さんにお世話になりました。お陰さまで無事大事業を終えることができ、ホッとしています。

 まだ手を入れたいところはあるのですが、それはもう急ぐまいと思っています。とにかくあと10年働いて、お金を貯めてからです。

12月7日 試験からのルミナリエ

 「試験勉強ができない」と言い続けていた手話通訳の試験を受けてきました。試験は3つ。筆記試験と手話を見て内容をまとめる要約の試験は多分合格ラインを越えたと思いますが、場面通訳の試験が全然できませんでした。来年もまた試験を受けねばなりません。

 試験が終わって、自分の課題ははっきり見えてやる気が出てきました。今年できなかったところを強化すればいいんですから。勉強が続くと時間が無くなるし体力は奪われるし体調管理が難しくなるし、本当に大変なんですが、やるしかない。がんばります。

 試験の後、ルミナリエを見てきました。今回で25回目のルミナリエ。現在はLEDの灯りですが、当初は電球の灯りが使われていました。今回メモリアルゾーンが設けられ、電球の作品が一部ありました。







12月4日 中村哲さん銃撃され亡くなる


 中村哲さんの突然の訃報に衝撃を受けました。中村さんのことを知ったのはいつだったでしょう。もう覚えていないくらい昔のことです。その頃中村さんは井戸を掘っておられました。医師として赴き、子どもたちが清潔な飲み水がないために病気になり、死んでいく現実に向き合い、日本の市民の援助を得て現地の人々と井戸を掘り始めたのです。

 戦争や民族間の争いが絶えず、タリバンやISの台頭、アメリカの対テロ組織攻撃など、中村さんが活動されていた地域は不安定な世界の情勢の最前線でした。それでも、すべての日本人スタッフを帰国させた後も、中村さんは一人現地にとどまり、自ら水路の建設現場に立ち続けました。

 命に危険が及んでいることを中村さんはご存知だったと言います。銃を持った警護が常に同行する日常でも、現場に行くことをやめなかったのです。たとえ明日死ぬとしても、今日自分がすべきことをする。中村さんはそう決めておられたような気がします。

 志半ばでたおれ、無念でしょう。でも、日々すべきことをやり抜いて天に召されたのですから、全うされたとも言える気がします。中村さんの生き方を忘れません。

 忘れないことで、中村さんは生き続けるのです。

2019年11月24日日曜日

お帰りなさい



 
 6月に修理をお願いした実家のお雛様が戻って来ました。お顔も髪も美しくなり、源氏枠御殿の屏風や畳、御簾なども新しくなりました。見違えるようです。

 屏風の内張から明治34年の新聞が出てきました。それはこの雛飾りの由緒を語る証人なので、そのままに残してあるそうです。その新聞の写真を撮って、一緒に送って下さいました。

 本当にありがとうございました。


 



 今年の紅葉は色づきが今一つのようです。

 「オータムフェスティバルで網干のレンコンを買って送って~。ついでに野菜もよろしく」と妹に頼まれていたので、昨日買い出しに出かけ、ついでに足を延ばして紅葉谷、聚遠亭へ。暑いくらいのいいお天気で、散歩日和でした。


 屋根工事は瓦の施工が終わり、あとは板金工事や漆喰塗りです。この3週間、LDKで寝起きしていたのですが、もう大丈夫そうなので、二階の大掃除をして一階に避難させていた物も戻しました。

 パソコンがダイニングにあればちょっと使えるので、勉強もはかどるかと思ったのですが、結局工事のあれこれや掃除などが忙しくてダメでした。なんでこの時期に屋根工事を始めたんだろう…と恨めしく思ったりしています。
 

2019年11月17日日曜日

足場を拝借


 屋根の葺き替え工事着工から2週間。好天に恵まれ、順調に進んでいるようです。今日は日曜日、職人さんはお休みです。

 今は洗濯物は二階の縁側に干し、先週はどこもかしこも土だらけで布団も干せなかったのですが、今日はブルーシートで養生した上に足場が建っているウッドデッキに物干しを広げ、布団やシーツを干しました。足場のパイプがちょうどいい物干し代わりになりました。

 工事が進み、土が部屋に落ちることも少なくなってきました。先週末に夫が帰って来た時はLDKしか使えなかったので、ダイニングテーブルにパソコンを置いてもらい、リビングに次男と布団を並べて寝てもらいましたが、今週帰ってくる時には何とか夫の部屋(座敷)を使えるようにしたいと、今日は次男と座敷の大掃除をしました。

 綺麗になった部屋にホットカーペットを敷いて、避難させていた家具を運んで戻し、また土が落ちるといけないのでレジャーシートをかぶせておきました。

 私と次男はまだ2階に戻れません。次の週末には2階を掃除して戻れるといいのですが、どうでしょう。