2021年7月23日金曜日

父が行方不明になった件

 
 梅雨明け前の1週間ほど、毎日曇り/雨のお天気でした。いつ雨雲がわいて雷雨になるかわからない不安定なお天気が続いていました。

 父はそもそもじっとしているのが苦手な上に、我が家にいるとあまりすることがなく、退屈になると「ちょっと走ってくるわ」と自転車で出かけています。しかし雨が続くとなかなか走りにも行けず、暇で仕方がない様子でした。

 その日、朝は曇りでしたが私が出勤するころにはいつ降り出すかわからない感じでした。テレビで雨雲レーダーを見て、「もうすぐ雨が降るみたいよ」と話して洗濯物も部屋干しにして出勤しました。案の定しばらくするとかなり強い雷雨になりました。

 昼休み、次男から「ジイサンが帰ってこない」とメールがありました。家を出たのは10時頃と思われます。降り出す前に家を出て、途中で雨にあって動けなくなり、どこかで雨宿りをしていると思われました。2時まで様子を見て、帰らなければ探しに行こうか。私も早退して警察にも相談して…と考え、とにかく何かあればすぐ連絡してと言って仕事に戻りました。
 
 探しに行くと言っても一体どこにいるのか全く分かりません。携帯は持っていないし、困ったことになりました。

 心配で仕事にも身が入らない中、2時前に知らない番号から携帯に着信がありました。掛けなおすと見ず知らずの女性で、父が雨で動けなくて助けを求められたとのこと。父には自宅の住所と電話番号、私と次男の携帯と職場の電話番号を書いた迷子札を持たせていました。父は通りすがりのその人に頼んで、電話をしてもらったようです。私が出なかったので、その人は次男にもかけてくれ、父の居場所を告げてくださいました。

 次男は父の合羽やお茶やお菓子を準備し、自分も合羽を着て自転車で父を迎えに行ってくれました。ところが父は「その場で動かないように」と次男の伝言を聞いたにもかかわらず、30分待っても来ないからもう来てくれないのだろう、雨も止んだし、自力で帰ろうと移動を始めたようです。

 次男が聞いた場所に着いた頃には父はもういなくて、次男はそのあたりを1時間ほど走って父を探し回りました。父は父で今自分がいる場所がよくわかっていなかったのですが、帰り道を探してウロウロとして、次男が探索を切り上げて自宅に戻るより少し早く、3時半ごろに帰りついていたそうです。

 私が仕事から帰ると次男はふてくされてのびていました。雨の中合羽を着て迎えに行ったのに逃げられて、へとへとになって帰れば父からご苦労の一言もなく、次男は腹が立ちながらも父に昼食を食べさせ、シャワーを浴びてひっくり返っていたようです。

 
 後日、父はあの時雨宿りをした場所を探しに行くと一人で2度出かけましたが、2度ともたどり着けませんでした。迷子になったのがよっぽど悔しかったのでしょう。昨日次男が一緒に行って、ようやくすっきりしたようです。

 梅雨が明け連日の猛暑です。自転車で走り回るのはいいのですが、事故や熱中症のリスクと背中合わせです。でも父を縛り付けておくことはできないし、危ないからと家に閉じ込めることが父の幸せではないでしょう。ご飯を美味しく食べられて、行きたいところへ自分で行ける自由をできるだけ長く保って欲しいと思います。

2021年7月10日土曜日

ツルツル


  麺類が好きなのは私です。夏は地元の名品揖保乃糸(素麺)をはじめ、お蕎麦に冷やし中華、冷やしうどんなどいろいろと楽しみがあります。温かいものでは兵庫県民のソウルフードと言われるケンミンの焼きビーフンとかあんかけ焼きそば、パスタもたまに食べます。

 氷水でしめた麺を薬味とめんつゆでつるつるっといただくのも涼!ですが、食事としては食べ応えや栄養バランスも大事にしたい。だからいろんな具をトッピングしたぶっかけにすることが多いです。きゅうりの塩もみや細切りのレタスをたっぷり乗せた冷やし中華はサラダ麺の趣。夕食でも満足感があります。

 コープの冷やし中華の麺が美味しくて大好き。注文するとき2点だと安くなったりするので、一度に4食分届き週に1回は冷やし中華を食べています。父と妹の麺の硬さの好みが違うのが理由で、自宅ではあまり麺類を食べる機会がなかった父。特に中華麺にはなじみがなかったらしいですが、毎週冷やし中華が出てくることはどう思っているのでしょう。

 父が我が家に来て2か月が過ぎ、いろいろと勝手が違う生活にも慣れてきている様子です。父はエアコンなし生活86年!の強者ですが、このところの雨続きでリビングのい草ラグの下がジメジメしていたので、ラグを上げてエアコンの除湿をかけて乾燥させている間、結構快適そうにリビングにいました。「ワシはそんなもの(エアコン)は要らん」と拒否するかもと思っていたのですが、やはり蒸し蒸しと暑いのは老体にはこたえるのかもしれません。

 

2021年6月13日日曜日

紫陽花が見頃です







 昨日パンを買いに出かけた道すがら、大師堂の前にいろいろな紫陽花が見事に咲いていました。地域の人が植えてお世話をされているのでしょう。

 毎日慌ただしく過ごしています。

 これまでルンバ君にお任せしていた平日の掃除は、出勤前に私が掃除機をかけるようになりました。ルンバ君を回すとリビングで過ごす父が落ち着かないからです。父の簡単なお弁当も作ります。

 仕事から帰ると座らずに夕食の支度をし、早寝の父に食べてもらいます。父が便秘をしたり体力が落ちたりしないように、献立も気を遣うようになりました。

 休日には食材の買い出しをし、作り置きや下ごしらえもちゃんとしておかなければ平日の食事に困ります。台所に立つ時間がずいぶん増えています。

 朝早く起きる分、夜は早く寝なければならないのですが、なかなかそうもいかなくて慢性的に寝不足気味になりました。休日も父は6時前に起きているので、朝食があまり遅くなってもと思うと朝寝坊もできません。結局平日より30分だけゆっくり寝させてもらうことで落ち着きました。

 すべきことを淡々とするだけのシンプルな毎日。いつも何かに追われているような気もしますが、気張らずいきたいと思っています。

2021年6月6日日曜日

父、燻製を作る


 若い時分はリュックに寝袋や飯盒を背負って日本アルプスの山にも登った父。今でもアウトドアが好きでDIYもお手の物。ただし、仕上がりの美しさは度外視ですが。

 実家でも手作りの燻製機でチーズやウインナーなどの燻製を作り、私もよくもらっていましたが、しばらく我が家で暮らすことになったときに「燻製の道具を持ってきたら」と言ってみました。何かすることがある方がいいし、それが得意なことならなおさらですからね。

 実家の燻製機はすすけて真っ黒であまりにも汚かったので、父は我が家に来てから作ってやると言いました。それで、来て間もなくいそいそとホームセンターに出かけ、ステンレスの缶や鉄の棒を買ってきて、試行錯誤しながら燻製機を自作していました。そしてブロックタイプのプロセスチーズを探し回り、どうやら見つけて買い込んできました。

 準備が整い、いつやるんだと聞いてきました。父は今回作った燻製機を自分用ではなく我が家用に置いて行くつもりらしく、自分が帰ってから私や次男が燻製ができるよう、やり方を教えたいと思っているのでした。

 この土日は予定がないので、買い物や掃除は土曜日に済ませ、日曜日に燻製を教わると決めました。





 チップブロックに火をつけていぶすこと数時間で燻製チーズが出来上がりました。冷めてからちょっと味見をしてみました。ふちの香ばしさ、歯触り、味もなかなかの仕上がりでした。ビールが欲しくなりそうです。

 
 ところで、準備段階で失敗もありました。チーズを買いに行った父が、大きなブロックのチーズがあったと買ってきたのはクリームチーズ。燻製をしたら熱で溶けてしまいます。大量のクリームチーズをどうしようか。そりゃチーズケーキを作るしかありませんよねぇ。




 ネットで調べて、簡単で美味しそうでチーズをたくさん使うバスクチーズケーキを作ることにしました。

 ケーキなんてほとんど作ったことがありませんが、なぜかケーキ型などたくさん持っています。半分は母が使わなくなったのをくれたものです。まとめて箱にしまっていたのをごそごそして型を用意しました。

 いよいよ作り始める段になって、泡立て器がないことがわかりました。全然使わないから錆が出て捨ててしまった気がします。クリーニングを出しに行くついでに食品スーパーで探しましたがありませんでした。反対方向のホームセンターに行くしかないのですが、すごく面倒です。

 いったん帰って、製菓道具の箱にある電動ハンドミキサーを引っ張り出しました。かれこれ30年以上前のもので、しかも買ってすぐに何度か使ったかもしれませんがその後何十年も放置しています。果たして使えるのかしら。コンセントをさしてスイッチを入れると、動きました!

 それでどうにかこうにか材料を混ぜ、焼く段になって、レシピでは220℃で焼くとあるのですが、うちのオーブンレンジは200℃までしか設定できないことが判明。そもそも次男が下宿先で使っていた簡易なものなので、ケーキを焼くとか想定していないのでしょう。

 200℃で一応時間通り焼いてみて、焼き色が足りないのでさらに10分焼き、取り出しました。フルフルで、こんなんでいいの?と不安に。

 すっかり冷めてから切ってみましたが、やはり柔らかすぎて形が崩れてしまいます。冷蔵庫で冷やして夕食後食べてみると、いくらか硬くなって味はまあまあ合格でした。今度は丸ごと冷蔵庫で冷やしてから切らなくては。

 クリームチーズはまだまだあるので、また作ってみようと思います。



2021年5月22日土曜日

不在者投票


  宝塚選挙区の県会議員補欠選挙が23日にあり、父は不在者投票をしました。妹に宝塚市の選挙管理委員会に行ってもらって不在者投票の手続きをしました。宝塚市の選管から我が家に(父宛に)この封筒が届きました。この中に投票用紙と2重に封入するための封筒が2枚入っていました。

 これを持って当地の選管へ行き、職員立会いのもと投票用紙に記入し、自身の手で封入して、それを当地の選管から宝塚の選管へ郵送してもらいます。案外簡単に不在者投票が終わりました。

 父はこれまでたぶん必ず投票に行っているはずです。今は一時的に我が家にいますが、父の投票権は守りたいと思いました。

 ただ、選挙公報は届かないし(ネットでダウンロードして拡大コピーした)、選挙カーが回ってきたり演説を聞いたりすることもなく、なんとなく盛り上がらないのは致し方ありません。

 次の選挙は県知事選挙でこれはいいとしても、衆議院議員の選挙があれば選挙区が違うので、ちょっと混乱するかも。

2021年5月16日日曜日

ジイサンは自転車に乗って


 父が来て2週間です。
 最初に父を本屋さんへ連れて行き、ロードマップをプレゼントしました。父は地図を見るのが好きで、我が家へも日本地図や関西圏のロードマップを持ってきています。当地は父が持っている物には載っていないので、姫路を中心にしたロードマップを買いました。

 この2週間の間に、父は新聞折り込み広告を丹念にチェックし、ロードマップを開いて場所を確認し、市内に3軒あるホームセンターを制覇。百均にも行き、おやつを買ってきました。

 移動はマウンテンバイクです。最初次男のマウンテンバイクに乗ってもらうつもりでしたが、乗り慣れたもののほうが安全だろうということで妹たちが運んできてくれました。

 86歳の父がどんな風に街を走っているのか知りませんが、土手を走っていたら通りすがりのおじいさんから「気をつけて行きや!」と声をかけられたとか。ヨタヨタとしていたのでしょうかねぇ。


 私は父の朝ご飯とお昼のお弁当を作り、父のペースで一緒に朝食をとって、薬を飲んだり血圧を測るよう声をかけたりするために、今までより1時間早く起きています。夕方も9時に父が21時には寝るため、帰宅するとすぐに夕食の支度をし、遅くとも19時前には揃って晩ご飯を食べます。

 4月5月は休日に実家に手伝いに通っていたので、ろくに買い物にも行けなくて食材が乏しくなっていましたが、妹たちの頑張りで実家もかなり片付いてきて、もう私はお役御免になりました。昨日は久しぶりに産直市場へ行き、野菜をいっぱい買い込んできました。

 それをせっせと下ごしらえして冷蔵庫に詰め込みました。これで今週はかなり楽ができるのじゃないかなと思います。

2021年5月5日水曜日

これから半年、父と暮らす


 ゴールデンウィークが始まり、私は実家へ。実家の片付けは妹たちが奮闘して、やたらめったら置いてあった植木鉢を片付け、積んであった木材やトタンやブロックや土嚢や、灰や消し炭やその他どうにもならないような廃棄物を整理・処分して、ずいぶん広々としています。不要な木も伐採し、根を掘る作業が残っていました。

 3日に夫と次男が来て、伐根をしてくれました。



 甥っ子もお手伝い。

 
 夫の車で父の荷物は一足先に我が家へ。

 私はもう一晩泊り、4日に父と出発しました。

 緊急事態宣言が出ているため、JRの新快速が間引き運転をしており、いつもなら3時間あれば家に帰れるところ3時間半かかって到着。父も重い荷物をリュックで背負って、途中でへばらず我が家にやって来ました。

  持参のコーヒーミルで豆を挽き、コーヒーを入れる父。いろいろと勝手が違うと思いますが、普段していたことはこれからも続けてもらって、半年後には無事新築なった自宅に帰れるよう、弱らないように見守りたいと思います。

2021年4月25日日曜日

3度目の緊急事態宣言が出て




 
 八重の山吹は実家の庭に咲いているもので、物心ついた時から庭にありました。幼稚園の時に、近所の男の子が遊びに来て、花を盛大に散らして喜んでいたのを覚えています。建て替えに伴って庭も狭くなるので、この山吹は処分するそうです。

 駅から実家への道すがら、街路樹のハナミズキが満開でした。広い敷地のおうちのフェンスに絡む藤も見事に咲いていますした。

 自宅近くの土手にも雑草たちが元気に伸びています。

 3度目の緊急事態宣言が出ました。移動自粛が呼びかけられるゴールデンウィークですが、実家に父を迎えに行きます。できる限りの感染対策をして父にも移動してもらいます。

 なかなか気を緩めることができません。

2021年4月11日日曜日

山笑う





 
 今日も一日雲一つない晴れです。すがすがしい空気に誘われて散歩に行きました。

 展望台からは淡路島まで見通せました。

 童謡の小道に彩を添えるコバノミツバツツジはもう咲き終わっていました。毎年花を見逃がしてしまいます。桜が咲いたらすぐに咲き始めるのでしょうね。

2021年4月10日土曜日

父はパンにうるさい



 3月末頃はゴールデンウィーク時分の暖かさが続き、桜も満開になりました。仕事帰りに土手の桜並木を堪能しました。


 
 4月初めの週末は実家に帰り、片付けを手伝いました。

 父は昔写真に凝って、部屋に暗幕を張って暗室を作り白黒写真を現像したり、カラー写真をスライドにして家族で上映会をしたりしていました。そのスライドフィルムがたくさん出てきました。

 妹は父に「もう見ないんだから捨てていいね?」と言って躊躇なくごみ袋へ入れていきます。確かに置いていても見ることはないと思います。わかってはいるのですが、父の人生の一部が消えていくようで寂しい気がしました。

 父も母も溜め込むタイプだったので、それを片付けている妹はつくづく嫌になっていて、とにかく今使ってないものは全部捨てる勢いです。建て替える家は平屋で収納も限られており、不要なものを残しておくスペースはないし、溜め込んだいろいろなものを一気に整理するチャンスなのです。そう、わかってはいるのですが。

 まあ、父の趣味の品まで引き受ける気はありませんが、母の留袖とか一枚板の座卓とか復刻版の雑誌「赤い鳥」とか…譲り受けることにしました。いつか我が家の子どもたちや甥・姪が結婚式をするときに、母の留袖を着ることがあればいいなぁ。

 最近、旧家から豊臣秀吉の手紙が発見された話がニュースになりました。たとえば江戸時代のとある人の日記などでも、のちの世では当時の暮らしや社会の様子がわかる史料になります。でも、現代の価値観では個人の人生にまつわる品はすべて死ねばゴミ、残して迷惑をかけないよう生前に処分することが当然と考えられています。これでは歴史に空白ができてしまうかもしれませんね。

 帰宅して、お雛様を片付けて父の部屋を作りました。我が家をリフォームしたときに父が贈ってくれた電波時計とLEDシーリングライトを取り付けました。この二つは父の最強のアイテムで、これでいくらかは父にとって居心地のいい部屋になったでしょうか。

 10年前に亡くなった母はクリスマスローズが好きで、表のプランターに何種類も植えていました。その後妹がたまに水をやるぐらいで放ったらかしにしていましたが、健気に生き延びて花を咲かせています。妹が要らないのだったら貰おうと思っていたのですが、これだけは残したいから預かってと言われ、掘り上げて持ち帰りました。

 せっかくなので妹に返す分と我が家にもらう分と、株分けをして植えました。何とか根付いて育ってくれることを祈っています。

 4月に入り平年並みの気温に戻り、少し肌寒さを感じます。桜はほとんど散ってしまいました。代わりに白山吹やつつじが咲いています。



 父は好き嫌いがなく、総入れ歯で硬いものでも平気で食べます。ただ、パンにはうるさいのです。朝食の食パンはハード系の山食が好み。それもただのハード系ではなく、中までサクッとしたものでないとダメなんです。

 今、食パンの主流はふわっふわのソフトでリッチな食感のものです。そういう食パンはスーパーにも何種類もありますが、父好みのパンはなかなかありません。フロインドリーブの山食やイスズバーカリーのハード山食なら合格ですが、たまにしか買えないしどうしようかと困っています。

 そういえば父の硬いパン好きは筋金入りでした。子どもの頃休日に六甲山などによく登りましたが、その時のお弁当はおにぎりと卵焼きではなく、フランスパンにチーズとオイルサーディンだったのです。45年程前のことですからとんでもなくおしゃれなお弁当ですね。

 父好みの(実は私好みでもある)ハード系食パンを探すミッション。これは難しい(>_<)