2017年7月30日日曜日

掘り出し物


 昨日ちょっと用があってボランティア協会に行き、バザー品を見ていたら、素敵なお皿を見つけました。ナルミボーンチャイナのパン皿5枚セットがなんと500円。ずいぶん古いものらしく箱は汚れていましたが、新品です。「えっ、こんな値段でいいの~?」

 やさしい雰囲気で気品のある柄です。調べてみると80年代に人気のあった《パステルガーデン》のようです。

 うちは食器がとても多いのですが、洋食器はほとんどありません。子どもが小さい頃にコレールを揃え、その後違うサイズを買い足したり叔母から譲られたりしてコレールばかり増えました。

 コレールは取り扱いがしやすく気軽に使える良さがありますが、奥行きがない感じがします。だからこの頃は、ハンバーグやサラダなどの洋食でも和皿に盛り付けています。

 思いがけず見つけた素敵なお皿。いつものトーストもこれに載せると美味しくなりそうです♪

2017年7月27日木曜日

あなたの息子を誇りに思ってください


 昨夜、夫がおばあちゃん(義母)のところから突然帰ってきました。「追い出されてきた」「??」

 「何や変な物がたくさん置いてある。荷物をまとめて帰れ!」と言われたそうです。認知症で身の回りのことがほとんどできなくなっているおばあちゃん。夫は退職した5年前からおばあちゃんの家に通って手助けをしており、今では月に1~3回戻る以外は実家で寝起きをしています。


 おばあちゃんは昔から勝手気ままな人でしたが、今でも完全に自分のペースで寝て起きて食べています。

 夫「ご飯やで」
 おばあちゃん「お腹いっぱいで入らへん」
 (少し前にお菓子をたらふく食べていました)
 仕方ないなぁ・・・と夫は一人で食事をとります。
 しばらくして起きて来て、
 おばあちゃん「腹減った。飯はまだか」

 毎日がそんな調子です。


 先月からデーサービスに週1回行き始めました。デイで慣れたらショートステイも利用して、安心して夫がこちらに帰って来られるようになればと思っています。

 デイサービスでもマイペースで、「嫌いなもんばっかりやからいらん」と昼食は食べず、お風呂も素直に入らない。夫が迎えに行くと「遅かったな」とご機嫌斜め。ショートステイへの道のりはまだまだ長そうです。


 先日も、「ここはワシの家や。一人にしてくれ」と言ったとか。昨夜の「荷物をまとめて帰れ」は、同じ気持ちから出た言葉なのでしょう。

 しかし、本当に一人にすれば食事もとれないし、緑内障の目薬もさせず失明の危機に陥り、エアコンをつけることもできなくて熱中症で命が危ないかもしれません。夫は一晩こちらで寝て、早朝実家へ戻っていきました。

 慣れない家事をし、気ままで言うことを聞かない母親に気長に付き合って、自宅に帰ってゆっくりすることもなく、夫はよく頑張っていると思います。それなのに「帰れ」なんて言われたらやり切れなかったと思います。それでもまた気を取り直して母親の世話に戻る夫は立派です。


 ひょっとしたら、おばあちゃんの中にまだ若い頃のような嫁と張り合う意識が残っていて、「息子を自分のところに縛り付けていたら嫁に悪い」と思っているのかもしれません。私は鬼嫁だそうですから、母親の介護に専心している息子を嫁である私が快く思っていないと信じているのかもしれません。

 でも、おばあちゃん。それは違いますよ。もしあなたの息子が、老いた母親を顧みることもないような人間だったら、私はそんな人を尊敬も信頼もできないでしょう。だから安心してください。

 あまり夫を困らせないでくださいね、おばあちゃん。

2017年7月23日日曜日

夏真っ盛り

 

 クマゼミの鳴き声で起こされ、温度計を見ると30度!一晩中こんな気温だったのでは寝苦しくて当たり前です。家中の窓を開けて洗濯機を回している間にパソコンに向かっています。あまりに暑くて朝のひと時だけしかパソコンができないのです。

 
 昨日は診察で神戸に行きました。仕事が忙しいのはしょうがないし、体調も維持できているので問題なしです。

 その後買い物に回り、しばらく来られないから神戸の空気をたっぷり吸いこんで帰りました。8月は仕事も落ち着く時期なので、プライベートの予定を淡々とこなしつつゆっくり目にいきたいものです。

2017年7月22日土曜日

ラトビアのコースター


 17日海の日に、5月に娘に連れて行ったもらったラトビア雑貨のお店SUBARUを再訪しました。前に見てすごく素敵だな~!と思ったネズの木のコースターの、少し大きなサイズがあればと思ったのです。

 尋ねると、果たしてありました。小ぶりの鍋敷きぐらいのサイズで、とっても良い香りの木です。

 ダイニングのカウンターでお茶のやかんの下に敷いています。器もそうなんですが、日常使うもので美しい素敵なものが好きです。

 
 この日は半年ぶりに妹と会って、元町にあるウィーン料理のホリイゲ葡萄舎でランチ。

  バーゲンを覗いた後、マヒシャでハニーレモンティー。涼!!

2017年7月15日土曜日

いっそすがすがしい



  予報通り今日も大変暑い一日でした。現在の室温30℃です。

 リビングや寝室にエアコンのない我が家では、暑さをどうしのぐかが大問題で、朝涼しいうちに外気を取り込んだ後、窓を閉めて室温が上がらないようにする、よしずを立てかけるなど奮闘しています。

 でも週末の掃除の日は窓を開けてしまうので、逆にすべての開口部を全開にして風通し良くして過ごします。

 隅々まで掃除をし、布団を干し、シーツを洗い、お天気が良いので肌掛け布団や冬物の残りを洗い、アイロン掛けをし、多肉植物の株分けをし、じっくりと本格的なカレーを作り・・・。30℃を超える中で一日しっかり動くと、汗がどんどん流れるのですが、いっそすがすがしい気持ちになりました。

 
 今日はで海フェスタ神戸が開幕し、国内外から帆船が集まって海上をパレードし神戸港に入港したそうです。行きたいな~と思って、見るならメリケンパークの最南端からかなと考えたりしたのですが、明後日妹と神戸で会う約束なので、今日は我慢しました。晴れた空と青い海に白い帆船が映えたことでしょうね。あ~、見たかったな!

梅雨明けもまだなのに

 すでに猛暑が続いております。夕方帰宅して2階の室温を見ると毎日32℃、33℃。就寝時でもせいぜい28度までしか下がりません。汗だくになるのでパソコンが使えない季節がやって来ました。昨日はクマゼミの初鳴きを聞きました。いよいよ夏到来です。

 
 夏の調査の準備が遅れて、毎日業務の合間にせっせと頑張っていたのですが、やっと昨日ヤマを越えて事務処理を引き継ぎました。休み前に一段落出来てやれやれしています。もっと早くから始められていたら余裕があったのになぁ・・・とも思うけれど、地味でこつこつとした作業が延々と続くのもしんどいもので、短期集中でやり切れたのはそれで良かったのかなとも思います。

 調査の発送までにはまだ宛名印刷や封詰め作業などすべきことがあり、9月からは返送された調査の処理、返送のない場合の追跡調査などが2か月ほど続きます。先は長いですが、一旦ブレイクです。


 この夏からボーナスがちょこっと支給されることになりました。これまでボーナスの出るところで勤めたことがなく、初めていただくボーナスでした。嬉しい♪

扇風機買いました

2017年7月8日土曜日

7月です


 通っていた高校のバス停の緑地にネジバナが咲いていて、友達が名前を教えてくれました。最近、通勤途中の公園に群生しているのを知りました。可憐でしょう。



 6月下旬から7月上旬にかけては毎年仕事が忙しく、毎日早めに出勤して取り組んでいます。本来業務と隣の部署の手伝い(これが繁忙期)、それに夏に送る調査の下準備があり、時間が全然足りません。

 特に調査の準備が遅れに遅れています。本来業務が多忙だったので取り掛かりが遅れ、そのうち隣の手伝いが佳境に入ってしまい、とても予定の時期に間に合いそうもありません。

 相方に「遅れています」と報告すると、「忙しいので無理もないです、何が何でも8月に調査をしなければいけない訳じゃないので」と言われました。本当は、相方が「手伝いましょうか」と言ってくれないかと期待していましたが・・・。

 はっきり言わないといけなかったかなぁ。でも、立場が上の人に、手伝ってくださいとは言いにくいものです。 とにかく頑張るしかないのかな。


 幸い体調は何とかキープしています。一時、日曜の晩眠れなくなったり出勤が嫌になったりしてひやひやしましたが、この頃はそういうこともなくて頑張れています。何とかこの調子で、長丁場乗り切れるといいな。

2017年6月25日日曜日

『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』秘話

 山田洋次監督の映画『男はつらいよ』は、テレビシリーズで人気を博した後、昭和44年に映画第1作となる『男はつらいよ』を制作。以後平成7年の第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』まで26年間にわたり盆正月の国民的映画でした。

 第17作『寅次郎夕焼け小焼け』は龍野市(現在のたつの市)がロケ地に選ばれています。地元では数年前からロケ地巡りマップが作られたり、柴又で開催される寅さんサミットに出席したりして、『男はつらいよ』そして『寅次郎夕焼け小焼け』を愛する人々の熱意が形になりつつありました。

 今日はロケ地の一つでもあるたつの市立中央公民館で、当時の撮影に関わった人のお話と映画の上映、ロケ地巡りウオーキングが開かれました。

 
 龍野がロケ地に選ばれたきっかけは、山田洋次監督と一人の大部屋俳優の繋がりからだったそうです。その俳優は江藤孝さん。龍野市出身の江藤さんは俳優を志し、松竹に在籍していろいろな映画に出演されました。しかし父親が亡くなって帰郷し、家業を継がれたそうです。

 その江藤さんに、ある時山田監督から「龍野のことを教えてほしい」 と電話がありました。江藤さんの話の中で「龍野には芸者がいたんですよ」というところに何かを感じた監督、さっそく江藤さんの案内で龍野を訪れ、古い街並みを丹念に見て回ってイメージを膨らませていかれたそうです。

 映画では太地喜和子が龍野芸者のぼたん役でマドンナを務め、なんとこの作品では寅さんが失恋しないという珍しい設定になっています。

 また、江藤さん自身も龍野にやってきた大画伯・池ノ内青観(宇野重吉)と寅さんを乗せる市役所の車の運転手役で登場しています。

 江藤さんは2年前に急逝されましたが、もし生きていらっしゃったら今日のイベントでも、じかにお話を伺えただろうなと思います。実は江藤さんの娘さんとうちの娘が仲良しで、家も近くでした。以前俳優をされていたことは聞いていましたが、詳しくうかがう機会もなくて残念でした。

 今日は江藤さんのことをいろいろと聞くことができて、本当にうれしく懐かしかったです。


 撮影当時も現在も、龍野では朝の7時、夕方(5時か5時半)、晩の10時に龍野出身の三木露風作詞の童謡「赤とんぼ」のメロディーが流れます。このメロディーにも寅さん映画の秘話がありました。

 実は撮影当時の赤とんぼはシンプルでちょっと寂しさを感じるメロディーでした。映画でもその音が収録されて夕暮れのシーンの背景に流れています。山田監督はこの赤とんぼの編曲を山本直純に依頼し、現在龍野で流れているのはそのアレンジによるものなんだそうです。


 映画の撮影は41年前。スクリーンに映る町並みは今とまったく同じではありませんが、ずいぶんと残っているものも多くて興味深いです。

 そして、やっぱり寅さんの映画は良かった!
 笑って、最後にはほろりとし、心が温かくなりました。

 秋には寅さんイベントの第2弾を計画中だそうです。 楽しみに待ちたいと思います。

2017年6月17日土曜日

死んでいく力

 もっと良い看取りがしたかったと思っていました。ちゃんと看取られずに死んでいった人が可哀想でなりませんでした。それでも、出来るだけのことをしたという思いもあり、私が看取ったとも思っていました。

 死にゆく人は、看取られる人。看取る・看取られる関係の中で、死にゆく人は受け身の存在なのでしょうか。

 なんだか、ちょっと違うんじゃないか。死にゆく人も、主体的に死を生きると言えるのではないか。この頃、そんな気がしています。

 作家の三浦綾子さんは、晩年パーキンソン病を患い、介護を受けながら暮らしておられました。執筆ができなくなってから、「私には死ぬという大切な仕事が待っている」とおっしゃっていたそうです。

 柏木先生は、「こう言っては何かもしれませんが・・・」と前置きして、「一人一人には、死ぬ力があるのです」とおっしゃいました。

 死んでいく力・・・確かにそうでした。苦痛と孤独に耐え、死を生き抜いた亡き人は立派だったなと思います。

 でも、どんな気持ちで一人で死に向き合っていたのだろう、どうしてその気持ちを聴こうとしなかったのだろうと、私には後悔が今もあるのです。


2017年6月16日金曜日

『いのちの輝きに寄りそう』 柏木哲夫先生



淀川キリスト教病院理事長で、日本で初めてのホスピスケアを実施された柏木哲夫先生のお話を聴きました。テーマは『いのちの輝きに寄りそう』。


生命といのちは違う
生命から連想する言葉
「生命保険」「生命維持装置」
死んでしまったら終わり⇒有限
いのちから連想する言葉
「君こそわがいのち」「いのちの泉(讃美歌)」
死んでも生き続ける/涸れない⇒無限

私の生命は間もなく終焉を迎えます。しかし私のいのち、すなわち私の存在の意味、私の価値観は永遠に生き続けます。ですから、私は死が怖くありません。
これまでの医学は生命は診てきましたが、いのちは診てこなかった。これからの医学はいのちを診ていく必要があります。(中川米造先生)

生命
有限性、閉鎖性(身体の中に閉じ込められている)、客観性(血圧・尿量・心電図等)
いのち
無限性、開放性(広がっていく)、主観性(人によって違う)


いのちの無限性
重度心身障害の息子さんが40代で亡くなり、悲しみに暮れていたご両親でしたが、息子の写真を持って二人で旅に出るようになった。ある時飛行機の窓際に写真を立てていた。機内サービスの客室乗務員がその写真を見て感動し、もう一つのコップにジュースを注いで「窓際の方にもおひとつどうぞ」と差し出した。

写真の中に息子のいのちを見ている両親
客室乗務員もそのいのちを見た
写真に気づき、感動し、ジュースを差し出した感性

感性の3要素
気づき・感動・行動
行動が伴ってこそ感性が完成される


緩和ケアの要素
生命を診る
症状のコントロール「痛みを取ってほしい」
症状が取れても、心・社会・スピリチュアルな問題を抱えている
不安・落ち込む・イライラ・せつない・・・

いのちを診る
心の問題・たましいの問題にアプローチする

存在の意味
「何もできないままで生きている意味がない」
「私の人生って何だったのでしょうね」

価値観の尊重

平等意識
患者は弱者⇔ケアをする者は強者
回復可能な患者さんは強者側の社会に戻れる
末期の患者さんはやり直しがきかない
看取る者・看取られる者
人間として平等という意識が大切
            
親切なもてなし
ラテン語のホスピチウム(hospitium)
ホスピスの語源
ホスピスの精神
  
家族を診る
予期悲嘆のケア  近々別れなければならない悲しみ
死別後の悲嘆のケア


ホスピス・緩和ケア病棟に求められる4つの要素
明るさ・広さ・静かさ・温かさ
施設・建物だけでなく、働いている人に求められる資質でもある



全人的痛みの理解
「全人的痛み 図」の画像検索結果
 
                                           図:恒藤暁(1999)


終末期の主要な身体症状
亡くなる30日前から全身倦怠感と食欲不振は100%体験する
痛みは2か月前から出現
その他多彩な身体症状が出現する

「死別後、つらかった時何が助けになったか」の1位が安らかな死だったこと
患者さんの苦痛コントロールは家族の悲嘆を軽減する。

痛みがあると何もできないで時間だけが過ぎていく
今は経口モルヒネだけでなく持続皮下注入法が使える
日常生活動作(立てる・歩けるなど)が低下すると生活の質が低下する
末期の患者さんのニーズは一人一人違うので、
ホスピスケアでは個別に個性を重んじたケアが必要


「癒す」の二つの意味
ホスピスに来る人は病気はもう治らない
「ここにきて癒されました」という言葉の意味は

三省堂国語辞典
1)病気・苦痛などを治すこと
2)長い間欲しくてたまらなかったものを手に入れさせて満足させること  

欲しかったものが手に入った=気持ちが分かってもらえた
⇒「ここにきて癒されました」

痛みをもって日々生活することがどれくらいつらいか気持ちをわかってもらえた
余命が長くないせつなさはかなさつらさをわかってもらえた

末期患者の共通の願い 「気持ちをわかってほしい」
つらい・悲しい・寂しい・やるせない・むなしい・はかない・・・陰性感情

経験していない者に分かるはずがない
「わかりますよ」とは言えない

気持ちの理解
陰性感情を表現する言葉を会話の中に入れる
「それはつらいですね」
「そうですか、悲しいですね」
「本当に、やるせないですね」
情を込めて言う


引っ張り症候群
分子標的治療薬の登場により、医師が治療を引っ張り、
患者・家族の死の受容の時間を奪うこと
分子標的治療薬は副作用が少なく延命効果がある
そのため治療をやめられなくなる
身辺整理や家族との対話ができないまま、急変して亡くなる
終末期に緩和ケアに専念する場合は死の受容への援助が十分にできる  


家族ケアの3大要素
1.予期悲嘆のケア
  別れを予期して悲しむ家族のケア
  悲しみを表現しておく方が死別後の悲嘆のプロセスがスムーズ
  悲しみを表現できるように場所と時間を提供する         
2.死の受容への援助
3.死別後の悲嘆のケア 


寄りそい人に求められるもの=人間力
支える
落ちてしまうから支える(下から)
技術が要る(痛み・症状のケア)

寄りそう
寄りそっていれば自力で何とかなる(横から)
人間力が必要(スピリチュアルなケア)

寄りそいさえすれば、一人一人は死んでいく力を持っている
マザー・テレサ 死を待つ人の家
路上で孤独に死んでいく人々に交わりの提供をした=寄りそい

寄りそい人に求められるものとは

 1.聴く力
  訴えたいことをしっかりと聴く
  個人的な関心を持ってしっかりと聴く
  心も注いで聴く
  アクティブリスニング

 2.共感する力
  共感力を高めるために
  自分と患者さんをイメージの中で入れ替える

3.受け入れる力

4.思いやる力

5.理解する力
  その人の生活史を把握する

6.耐える力

7.引き受ける力  
  覚悟を持つ

8.寛容な力

9.存在する力
  何もできないけれどもそこにいる

10.ユーモアの力


ホスピスの初期 「その人がその人らしい生を全うするのを支える」
10年経って 「寄りそう」ことこそ末期の患者さんに最終的にできること


「人はその責任外で起こったことを引きずりながら亡くなっていく」
頑固に壁を作ってどうやっても入れてくれなかった患者さん
ライフヒストリーを知ると、生きるために壁を作ってきたことが分かった
その人らしい生を全うするのに寄りそう

「人はその責任外で起こったことを引きずりながら生き、老い、死ぬ」
ということを理解する