2021年4月25日日曜日
3度目の緊急事態宣言が出て
八重の山吹は実家の庭に咲いているもので、物心ついた時から庭にありました。幼稚園の時に、近所の男の子が遊びに来て、花を盛大に散らして喜んでいたのを覚えています。建て替えに伴って庭も狭くなるので、この山吹は処分するそうです。
駅から実家への道すがら、街路樹のハナミズキが満開でした。広い敷地のおうちのフェンスに絡む藤も見事に咲いていますした。
自宅近くの土手にも雑草たちが元気に伸びています。
3度目の緊急事態宣言が出ました。移動自粛が呼びかけられるゴールデンウィークですが、実家に父を迎えに行きます。できる限りの感染対策をして父にも移動してもらいます。
なかなか気を緩めることができません。
2021年4月11日日曜日
山笑う
今日も一日雲一つない晴れです。すがすがしい空気に誘われて散歩に行きました。
展望台からは淡路島まで見通せました。
童謡の小道に彩を添えるコバノミツバツツジはもう咲き終わっていました。毎年花を見逃がしてしまいます。桜が咲いたらすぐに咲き始めるのでしょうね。
2021年4月10日土曜日
父はパンにうるさい
3月末頃はゴールデンウィーク時分の暖かさが続き、桜も満開になりました。仕事帰りに土手の桜並木を堪能しました。
4月初めの週末は実家に帰り、片付けを手伝いました。
父は昔写真に凝って、部屋に暗幕を張って暗室を作り白黒写真を現像したり、カラー写真をスライドにして家族で上映会をしたりしていました。そのスライドフィルムがたくさん出てきました。
妹は父に「もう見ないんだから捨てていいね?」と言って躊躇なくごみ袋へ入れていきます。確かに置いていても見ることはないと思います。わかってはいるのですが、父の人生の一部が消えていくようで寂しい気がしました。
父も母も溜め込むタイプだったので、それを片付けている妹はつくづく嫌になっていて、とにかく今使ってないものは全部捨てる勢いです。建て替える家は平屋で収納も限られており、不要なものを残しておくスペースはないし、溜め込んだいろいろなものを一気に整理するチャンスなのです。そう、わかってはいるのですが。
まあ、父の趣味の品まで引き受ける気はありませんが、母の留袖とか一枚板の座卓とか復刻版の雑誌「赤い鳥」とか…譲り受けることにしました。いつか我が家の子どもたちや甥・姪が結婚式をするときに、母の留袖を着ることがあればいいなぁ。
最近、旧家から豊臣秀吉の手紙が発見された話がニュースになりました。たとえば江戸時代のとある人の日記などでも、のちの世では当時の暮らしや社会の様子がわかる史料になります。でも、現代の価値観では個人の人生にまつわる品はすべて死ねばゴミ、残して迷惑をかけないよう生前に処分することが当然と考えられています。これでは歴史に空白ができてしまうかもしれませんね。
帰宅して、お雛様を片付けて父の部屋を作りました。我が家をリフォームしたときに父が贈ってくれた電波時計とLEDシーリングライトを取り付けました。この二つは父の最強のアイテムで、これでいくらかは父にとって居心地のいい部屋になったでしょうか。
10年前に亡くなった母はクリスマスローズが好きで、表のプランターに何種類も植えていました。その後妹がたまに水をやるぐらいで放ったらかしにしていましたが、健気に生き延びて花を咲かせています。妹が要らないのだったら貰おうと思っていたのですが、これだけは残したいから預かってと言われ、掘り上げて持ち帰りました。
せっかくなので妹に返す分と我が家にもらう分と、株分けをして植えました。何とか根付いて育ってくれることを祈っています。
4月に入り平年並みの気温に戻り、少し肌寒さを感じます。桜はほとんど散ってしまいました。代わりに白山吹やつつじが咲いています。
父は好き嫌いがなく、総入れ歯で硬いものでも平気で食べます。ただ、パンにはうるさいのです。朝食の食パンはハード系の山食が好み。それもただのハード系ではなく、中までサクッとしたものでないとダメなんです。
今、食パンの主流はふわっふわのソフトでリッチな食感のものです。そういう食パンはスーパーにも何種類もありますが、父好みのパンはなかなかありません。フロインドリーブの山食やイスズバーカリーのハード山食なら合格ですが、たまにしか買えないしどうしようかと困っています。
そういえば父の硬いパン好きは筋金入りでした。子どもの頃休日に六甲山などによく登りましたが、その時のお弁当はおにぎりと卵焼きではなく、フランスパンにチーズとオイルサーディンだったのです。45年程前のことですからとんでもなくおしゃれなお弁当ですね。
父好みの(実は私好みでもある)ハード系食パンを探すミッション。これは難しい(>_<)
2021年3月28日日曜日
早くも5分咲きぐらいです
昨日は晴れて気温も上がり絶好のお花見日和でした。早起きして掃除をし、龍野公園から聚遠亭、龍野城を駆け足で回り、焼きたてパンを買って帰宅。今年もお花見の宴会を規制しているため、例年駐車場になってしまうグラウンドでは家族連れが遊び、静かにそぞろ歩きでお花見をしていました。
花は桜だけではありません。今年は桜の開花が早いせいか、いろいろな花が一斉に咲いている気がします。
駆け足でお花見散歩をしたのには訳がありました。今度実家の建て替えの間父を迎えるために模様替えをしなければならず、重いタンスを動かす手伝いに大阪の長男に帰って来てもらったのです。
本当はゆっくり泊りがけで帰って来てほしかったのですが、万一の感染リスクを考えて日帰りで、しかも食事もしない慌ただしさでした。滞在3時間。片道2時間半もかけて来てもらって、力仕事をさせて、ご飯も食べさせずに帰すなんて本当に残念でした。コロナが終息したら、札幌の娘や長男が揃って皆でおいしいビールでも飲んでワイワイしたいものです。
2021年3月21日日曜日
お彼岸です
暑さ寒さも彼岸までとか、お水取りが終わったら暖かくなるとか言いますが、今年はずいぶん暖かくなるのが早いです。この分では桜の開花も早いだろうと思っていたら、やはりでした。
今日は一日降ったり止んだりのお天気でしたが、開いたばかりの花びらがしっとりと濡れてまた風情がありました。
城下町の町家や商店や公共施設に飾られたひな人形を巡る「龍野ひなまつり」は2年ぶりの開催でした。最終日の午後、ほとんど人も歩いていない雨模様でしたが、ゆっくり楽しむことができました。
こちらは江戸時代の享保雛です。このような古いものから平成のひな飾りまで、家々で大切にされてきたひな飾りが見られます。
そして昨日は、叔母と一緒に実家のお墓参りに行ってきました。いつもは春と秋のお彼岸に、父と叔母が宝塚から片道4時間かけて和田山のお墓にお参りしているのですが、父は退院したばかりで、叔母が「一人では大変だから手伝って」と電話してきました。もとより行くつもりはしていたのですが、叔母といろいろと打ち合わせをして、現地で待ち合わせることになりました。
前日に買った花を風呂敷に包んで、たためるバケツなどお墓参りセットを持ち、次男と電車で向かいました。昔から持っている木綿の大判風呂敷がとても役に立ちました。
車窓から見える山々に山桜の薄桃色が映え、線路脇には梅の花が咲いていて、今年の春は但馬でも早い様子でした。
2021年3月15日月曜日
桜が早くも咲き始めていました
建て替えをする実家の片付けを手伝いに行っていました。近くの公園の桜が早くもほころび始めていました。
妹たちの仕事が一段落したので、夕食は妹たちや甥姪と一緒に焼き牡蠣と牡蠣フライをご馳走になりました。毎年恒例の中の妹の誕生祝ですが、私が参加するのは初めてです。
この場にいるはずの父は、今入院中です。ひと月ほど前から少し動くと息が切れると言っていたそうですが、年のせいだろうと思っていました。10日ほど前の朝、息が切れてしんどいと言い肩で息をしているので救急車を呼びました。もしやコロナか、そうでなくても肺炎かと皆が思ったのですが、そうではなくて心筋梗塞の兆候だったそうです。
その後カテーテル検査の結果、左右の動脈が詰まりかけているとわかり、検査の際に一カ所にステントを入れました。いったんHICUに入り、今は普通の病室に戻りました。今後もう1カ所か2カ所にステントを入れる治療をする予定です。
コロナのために面会は同居の妹もできません。病棟の入り口までしか入れず、必要なものはそこで看護師さんに受け渡しするようになっています。手紙を書いて家族の写真と一緒に渡してもらいました。
ですが父は元気で(と言うのも変ですが)、食事は完食しトイレにも歩いて行っているそうです。治療が終わって退院すれば、家の片付けをしてもらわなければなりません。父の歴代の趣味にまつわる品々が気の遠くなるほど実家には積み重なっています。すべてを新居に移すことはできないのです。なかなか大変な状況です。
次男が大学を卒業するときに彦根から宝塚まで乗って行って、そのまま実家に預かってもらっていた自転車を引き取らなければならなくなり、次男は今日実家から自宅まで100キロ余りを11時間半かけて走破しました。晴れて暖かい日でしたが、風があり、アップダウンもかなりあったそうです。ともあれ無事でよかったです。
2021年3月7日日曜日
思いの外陽射しがありました
休日に晴れると嬉しいものです。布団を干したりシーツを洗ったり、お日様の力を借りて片付けたい家事がはかどります。
年度末になり、人事異動の発表がありました。幸い私の相方は異動しないことになりました。過去3年間毎年異動があったので3月4月はとても大変だったのですが、今年は落ち着いて仕事に集中できます。
父を半年預かるために、部屋のレイアウトをどうするか考え、今日は本棚を動かそうとしたのですが、上下に分かれるはずの本棚がどうしても外せませんでした。そもそも設置したときは私一人で作業したはずなんですが、次男と二人で押しても引いてもどうにもなりません。いくら若かったとはいえ、あれを一人で組み立てて設置したとは我ながら恐れ入ります。
予定通りに事が運ばなかったのでちょっともやもやした気分ですが仕方がありません。
晩はちらし寿司を作りました。ちょっと遅くなりましたが、雛の月なのでいいのです。
2021年2月28日日曜日
花森安治『暮しの手帖』の絵と神戸(神戸ゆかりの美術館)
5週間ぶりに診察に行きました。体調は最近少し気になることがあるのですが、手話通訳者養成講座を修了したことや4月からの仕事の契約更新、実家の片付けの手伝いや父を迎える準備のことなど報告がたくさんあったので、話しそびれてしまいました。
陽射しはあるものの気温は低く冷たい風が吹いていました。季節は冬と春の間を行き来しています。木々の芽吹きもまだ先のようです。
神戸に行ったら寄りたい展覧会がありました。『暮しの手帖』の初代編集長、花森安治の描いた表紙絵を中心に、花森の生涯と『暮しの手帖』の仕事を振り返る企画です。
雑誌『暮しの手帖』は私が字を読めるようになったころ身近にありました。本を読むのが何より好きな子どもだった私。月に一冊買ってもらえる本や学校の図書室から借りる本では飽き足らず、親の本棚にある読めそうな本を引っ張り出しては読んでいました。中でもお気に入りだったのが『暮しの手帖』でした。
まず表紙が素敵。中を開くと裁縫や料理やDIYの記事、エッセイ、そして毎号楽しみだったのが藤城清治の影絵のついた物語のページでした。花森の絵は表紙だけでなく、軽い線描のイラストがエッセイに添えられていたりして、その絵も好きでした。
展覧会で改めて花森安治の描いた表紙絵や花森のデザインした写真による表紙を見て、戦後間もない時代に、こんなに美しくて豊かなイマジネーションがどこから出てきたのだろうと思いました。本当に懐かしくて、子供のころの憧れをありありと思い出しました。
『暮しの手帖』は幼い私の心に美しいものへの憧れを育てたに違いありません。
実は我が家には『暮しの手帖』のバックナンバーがかなり揃っています。ずいぶん前に処分するという人から譲ってもらいました。1984年ごろから現在までは自身で買っています。箱に詰めて押し入れにしまっているのですが、場所があれば本棚に並べておきたいところです。
神戸ゆかりの美術館は六甲アイランドにあり、三宮からは30分ほどかかり行きにくいのですが、頑張って足を延ばして良かったです。
2021年2月23日火曜日
日本玩具博物館へ
先週土曜日で県の手話通訳者養成講座Ⅱの受講が無事修了しました。ずっと仕事・家事・勉強の生活だったので、Ⅲが始まる4月までしばらくゆっくりできるかな。
ということで、今日は姫路市香寺町にある日本玩具博物館へ出掛けました。
こちらは私立の施設ながら博物館相当施設に認定され、2016年にはミシュランガイド2つ星に認定されました。阪神淡路大震災で被災したひな人形の寄贈を受けたことを契機に、ひな飾りの収集にも力を入れ、江戸時代からの貴重なひな飾りを収蔵しています。
私設の博物館ということで、何ら助成がない中での運営を強いられており、ことにコロナ禍で一時休館を余儀なくされたこともあり苦境に立たされているとのことです。また、将来このコレクションが散逸したり公開できなくなったりすることなく、博物館が存続することを願って、行政の支援を求めておられます。
春のひな飾り展と並んで冬のクリスマス飾り展が人気ですが、毎年行きたい行きたいと思いながらなかなか機会がありません。その時期には大掃除で余裕がないのです。でも本当は毎年の恒例にしたいぐらい行きたい特別展です。
今日は館長の井上さんがフロアを行き来して用事をしておられて、来館者に話しかけて展示の説明をされていました。直接お話を伺う機会はなかったのですが、井上さんのお元気な姿を見られてうれしかったです。
今日は午前中にリビングにエアコンを取り付ける工事に来ていただき、午後からのお出掛けでした。久しぶりにいい休日を過ごせた気がします。エアコンはすっきりした壁にぶち壊し感が…_| ̄|○