先週、本郷由美子さんのお話を聴きに行きました。本郷さんは2001年に大阪教育大学附属池田小学校児童殺傷事件で小学校2年生だった娘さんを亡くされています。
事件後、葬儀などのこと、捜査や裁判のことなど様々な手続きが押し寄せ、気が休まることがなかったそうです。その一方、目に映るものの色彩が消えるほどの悲嘆に暮れました。生きることもできない、死ぬこともできない・・・という時間を過ごされたということです。
そんな中でグリーフケアということを知り、本を読んで学び始められました。警察の捜査によって、、教室で刺されて瀕死の傷を負った娘さんが、廊下に出て出口に向かって68歩歩いて力尽きたことが分かりました。その現場に毎日通い詰め、娘さんが最後まで希望を捨てず歩き続けた68歩のメッセージから、生きる力を取り戻されました。
同じように事件で子どもさんを亡くされたご両親との出会いから、言葉ではない寄りそいによって力づけられるという体験をされています。
その後、精神対話士の資格を取り、上智大学グリーフケア研究所専門コースで学び、支援される側から支援する側へとなり、遺族ケアや終末期のケア、東日本大震災で被災された方のケア、いのちの授業などの活動を続けておられます。
支援される立場だった時に受けたご恩を、今悲嘆の中にいる人に恩おくりする・・・。その思いで活動されているということです。
生きたいと願って出口に向かって歩き続けた優希さん。どんな人でも、いのちの最後の時まで、生きようとするものだと私も思います。意識するしないに関わらず。その最後の願いを引き継ぎ、引き受けて残された者は生きていくのだろうと思います。
本郷さんほどまっすぐに活動することはなかなかできませんが、たとえ少しでも、恩おくりができればいいなと思います。
2017年11月2日木曜日
2017年10月29日日曜日
今ここ
カウンセリングや心理療法を勉強していると「今ここ」に注意を向けるという考えによく出合います。最近注目されているマインドフルネスもそうですし、カウンセリングの基本姿勢としてもよく説かれることです。
「今ここ」に注意を向けることで、囚われている問題と距離を置き、客観視できるようになるのです。
それで思い出したことがありました。死別後半年ほどお世話になっていた精神科クリニックでのことです。
仕事も失って家に引きこもり、いつもいつも亡き人のことが思い浮かんで悲しみや自責でいっぱいでした。
先生は「あなたが責任を感じることは何もありません。早く忘れましょう」と言われ、思い浮かびを即座にシャットアウトする練習をするようにと指示されました。
亡き人のことが思い浮かんだら、すぐに今していることに意識を向け、例えば皿洗いならそこに、洗濯物干しならそこに意識を集中するというやり方でした。
当時、そうすればどうなるのか、何を目的にそれをするのかの説明を受けなかったのですが、それはまさに、「今ここ」に注意を向けるということだったのです。
先生の指示通り3日間、日に何十遍も思い浮かびのたびに意識を今の作業に移すということをやりました。そしてへとへとになり、耐えられなくなりました。
今にして思えば、私が悲嘆にあったということを先生はつかんでおられなかったのでしょうし、勝手に思い浮かぶことはシャットアウトしたとしても、何もしていない時間に亡き人のことを想うのであればよかったのかもしれません。
けれど、死別後間もなくの時期にあって、生活の時間と悲嘆の時間を分ける事もまた不可能だったと思います。
その時の私にとって、「今ここ」は悲嘆の方にあったのではないかと思うのです。皿洗いよりも、洗濯物干しよりも、死別の苦しみの方が現実だったのではないかという気がします。
そういう自分の状況を自身で把握することもできていなかったし、それを伝える事もまたできなかった、9年前の体験です。
2017年10月22日日曜日
投票行ってきました。
台風が近づき、全国的に荒れたお天気です。今日は衆議院選挙の投票日。 夫はおばあちゃんを期日前投票に連れて行き、自身は今日の投票日に帰ってきました。
朝一に3人で投票に行きました。当選挙区は自民党の現職が圧倒的優位なので、誰に入れても結果は同じなのですが、信条に従って一票を投じてきました。
投票後、喫茶店のモーニングに。たまには・・・と思ったのですが、次男は「休日の朝ぐらい家でゆっくり食べたい」「朝からこんなに食べられない」云々と不機嫌にぶつぶつ言い、帰宅すると頭からケットをかぶってふて寝してしまいました。
そうでした。この子はちょっと融通が利かないところがあり、急にモーニングに行くとか、食べ慣れないものが出てくるとかはしんどいのです。けれど少しは柔軟さも必要で、慣れてほしい気持ちもあります。
嫌がることは無理にさせない、予定は前もって伝えて実行するようにして、家では互いにストレスのない暮らしをしているのですが、環境が変わればそうもいかないことがあります。どうしたものかと考えています。
2017年10月21日土曜日
ほっくり甘い栗ご飯
「お誕生日には栗のお赤飯を炊いて」
秋、母の田舎から送られてくる柿や栗。母が炊いてくれる栗ご飯が大好きでした。誕生日のお赤飯に栗が入っていたらどんなに素敵でしょう。でもその当時は、11月まで栗を保存するなんて考えもつかないことで、「虫がついてしまうから駄目よ」と一蹴されてしまうのでした。
ふとそれを思い出し、栗の保存方法を調べてみました。長期保存なら冷凍もできるけれど、一か月ぐらいなら新聞に包んでビニール袋に入れ、冷蔵庫でも大丈夫らしいとのこと。
なんだ~、そんな簡単なことで、子どもの頃の願いがかなうなんて。
栗の出回る時期に1キロ買ってチルド室に寝かせていた栗の半量で、今日は栗ご飯を炊いてみました。水につけておいた栗を包丁で剥きます。包丁を持つ手がこわばってしまいました。うるち米ともち米を混ぜて、塩を少し入れて剥いた栗を載せ炊飯器で炊きました。
とっても甘い栗でほくほくして美味しかった♪
苦労して剥いた甲斐がありました。11月には栗のお赤飯、ますます楽しみです。
2017年10月14日土曜日
お勉強の秋です♪
今月はいろいろと勉強に行く予定です。先週の若松英輔さんの講演、明日は精神療法についての勉強、再来週には大阪教育大学附属池田小学校の事件で娘さんを亡くされた本郷由美子さんの講演会へ。また、市の手話奉仕員の研修が今月来月に5回あり、仕事が終わってから晩に出席します。
気力体力を保って頑張りたいです。休日の家事もだらだらやってると積み残してしまうので、気合入れてやらなくては。
休暇と忌引きで仕事を2日休んだら、いろいろと追いつかなくなってワタワタしています。休みの間、相方も一人で大変だったようで、申し訳なし。仕事はいつも気合入れて頑張ってるので、これ以上頑張りようがないのですが、何とか取り戻さないといけません。
ファイト―!(^^)!
2017年10月9日月曜日
若松英輔さんの話、他連休は目まぐるしく
季節がひと月前に戻ったようなこの頃です。衣替えをして半袖はすっかり仕舞ったのですが、またTシャツを引っ張り出してきました。
金曜日の晩、若松英輔さんのお話を聴きに行ってきました。
「この会場には500人ほどいらっしゃいますが、私の死者と皆さんそれぞれの死者も共にいらっしゃいます」
若松さんのおっしゃる『死者』とは、遺体のことではなく、肉体の身体はなくなり存在の次元が違って目には見えないけれども、実在している亡き人のことです。亡き人は私たちを気にかけていて、こうして講演会の場にも私たちと一緒に来ているのです。
若松さんは、講演の内容は記録が残るもので後でそれを読めばいいので、覚えようとしなくていい。それよりも話を聴きながら感じることを大切にとどめてほしいとおっしゃいました。本を読んだり話を聴いたりするとき、その内容を学ばなくちゃと思いがちですが、知識だけが増えても仕方がない。そうでなくて、どう感じるか、何を感じるかをちゃんと味わい、自分の言葉にすることが大事ということです。確かにそうです。
ここ何年か、私は自分の気持ちや感じを言葉にすることがとても難しいと感じています。言葉にできないものだから、「特に何も感じてないのかしら?」と思うことさえあります。
若松さんは、言葉や言葉以前のコトバを大事にされていて、例えば大切な亡き人に宛てて手紙を書くことを勧められます。上手く書こうとか、綺麗な言葉で書こうとか、誰かから聞いた素敵な文句を使おうとかするのではなく、自らの中に言葉を探し、探し当てた言葉を綴るようにして手紙を書けば、それが亡き人へ贈る最高のものだとおっしゃいます。
お話を聴きながら、胸に生まれる様々な思いや感じをゆっくり味わいました。それを言葉にする作業が本当は大事なんだと若松さんに教わりましたが、今は言葉が見つからなくて、人に伝えることが出来そうにありません。宿題です。
その晩は実家に泊まり、翌朝髪をカットしてもらって、神戸で診察。買い物をして帰りました。くたくたで荷解きをしているところに、実家の妹から伯母が亡くなったという知らせが来ました。母の姉で、長く病気療養していました。
妹たちが仕事を空けられないため、父と私がお参りに行くことになりました。今夜お通夜、明日お葬式で、再び実家に向かいます。
昨日は休日の家事にいそしみました。秋祭りで子供神輿や屋台の巡行もありました。いろいろと目まぐるしく、日にちや曜日の感覚が狂いそうです。
金曜日の晩、若松英輔さんのお話を聴きに行ってきました。
「この会場には500人ほどいらっしゃいますが、私の死者と皆さんそれぞれの死者も共にいらっしゃいます」
若松さんのおっしゃる『死者』とは、遺体のことではなく、肉体の身体はなくなり存在の次元が違って目には見えないけれども、実在している亡き人のことです。亡き人は私たちを気にかけていて、こうして講演会の場にも私たちと一緒に来ているのです。
若松さんは、講演の内容は記録が残るもので後でそれを読めばいいので、覚えようとしなくていい。それよりも話を聴きながら感じることを大切にとどめてほしいとおっしゃいました。本を読んだり話を聴いたりするとき、その内容を学ばなくちゃと思いがちですが、知識だけが増えても仕方がない。そうでなくて、どう感じるか、何を感じるかをちゃんと味わい、自分の言葉にすることが大事ということです。確かにそうです。
ここ何年か、私は自分の気持ちや感じを言葉にすることがとても難しいと感じています。言葉にできないものだから、「特に何も感じてないのかしら?」と思うことさえあります。
若松さんは、言葉や言葉以前のコトバを大事にされていて、例えば大切な亡き人に宛てて手紙を書くことを勧められます。上手く書こうとか、綺麗な言葉で書こうとか、誰かから聞いた素敵な文句を使おうとかするのではなく、自らの中に言葉を探し、探し当てた言葉を綴るようにして手紙を書けば、それが亡き人へ贈る最高のものだとおっしゃいます。
お話を聴きながら、胸に生まれる様々な思いや感じをゆっくり味わいました。それを言葉にする作業が本当は大事なんだと若松さんに教わりましたが、今は言葉が見つからなくて、人に伝えることが出来そうにありません。宿題です。
その晩は実家に泊まり、翌朝髪をカットしてもらって、神戸で診察。買い物をして帰りました。くたくたで荷解きをしているところに、実家の妹から伯母が亡くなったという知らせが来ました。母の姉で、長く病気療養していました。
妹たちが仕事を空けられないため、父と私がお参りに行くことになりました。今夜お通夜、明日お葬式で、再び実家に向かいます。
昨日は休日の家事にいそしみました。秋祭りで子供神輿や屋台の巡行もありました。いろいろと目まぐるしく、日にちや曜日の感覚が狂いそうです。
| 来年の手帳と新しい日記帳を準備しました |
2017年10月1日日曜日
秋の訪れ
この田舎でも田んぼがなくなり、畦に咲くヒガンバナが見られなくなりました。ところが意外なところに群生していました。川原の一角です。今年初めて気が付きました。
先週から金木犀の香が町中を包んでいます。歩いてみると庭に金木犀を植えている家がとても多いことに気づきます。我が家にもあります。
夜になると虫の音もにぎやかです。
栗ご飯、サンマの塩焼き、ぶどう、梨、おでん。食卓も秋です。
最初で最後の、御影高杉
神戸の洋菓子店 御影高杉が閉店しました。新聞によると、後継者難で味が変わるぐらいならと閉店を決断したそうです。
そごう神戸店の御影高杉、実はこれまで一度も食べたことがありませんでした。何もない時に買って帰るにはちょっと高かったのです。
閉店の知らせを聞いて、最後に一度食べておきたいと思い、神戸に出た時に寄ってみました。一度目は夕方、すでに売り切れでした。二度目、昼過ぎに他の買い物は後回しにして行きました。並んで待つこと40分。
ショーケースのケーキはどれも美しくて美味しそう。しばし迷って3つ買いました。ケーキを持っているのであまりうろうろせずに早めに帰路につきました。
夕食後、紅茶を淹れていただきました。苺のショートケーキ、初めてなのにずっと昔から大好きだった味がしました。お気に入りの逸品に出会えたのに、これが最初で最後だなんて。
変えてはならないものを守るために閉店をする。そのこだわりがこの美しく美味しいケーキを産みだしたんだろうなと思います。
2017年9月24日日曜日
すごい! 景色が違って見える!
土日と家にいる休日でした。
土曜日は午前中、1階の掃除・洗濯・布団干し。午後、少し昼寝・2階の掃除。夕食後、雨漏りで濡れた本を書庫に戻す。あっという間に一日過ぎました。
日曜日は午前中、洗濯・表の草引きと植物の手入れや植え替え。午後、図書館と散歩・アイロン掛け。あっという間にもうこんな時間?
部屋中に広げていた本を書庫に戻せたことと、気になっていた外仕事ができたので良しとしましょう。今晩は栗ご飯も炊けたし。
本はまだ少し乾いてないものもあるものの、ほぼ書庫に戻して一段落しました。工務店の人が先日改めて屋根や壁などを見に来てくださり、見積もりを出してくださることになっています。たぶん、今すぐ工事をお願いするのは無理と思います。また大雨や台風で漏っては大変なので、いざという時に本をカバーするビニールシート(百均でレジャーシートを買いました)や養生テープも用意しました。
そうそう、散歩にこの前作ったよく見えるメガネをかけて行きました。景色がものすごくくっきり! 山の木の葉の一枚一枚まで見えるような気がします。世界が違って見える! このメガネでもう一度興福寺の天平乾漆群像展(後期)に行ってみたいです。
2017年9月18日月曜日
3つの眼鏡
小学1年生からメガネっ子の私。これまでにお世話になったメガネの数はとても覚えていません。
ずいぶん前に近くを見る用に作っていたメガネが合わなくなり、近くもぼやけて見えないし遠くは全く見えなくなってしまい、以前遠くを見る用に作ったメガネをとりあえずいつもかけていました。それで手元を見るとチカチカして見づらくて、メガネを作らないといけないなぁ・・・と思っていました。
ようやく重い腰を上げて眼科で処方箋を書いてもらいました。思い切って手元用(仕事・読書・パソコン用)と遠距離用(映画・パワーポイントを見る・展覧会用)の2種類をいっぺんに作ることにしました。
強さで言えば強・弱を新しく作り、中に当たるのが手持ちので、外歩きや家事やテレビを見るときに使うことになります。
つい最近まで、メガネをかければ遠くも近くもはっきり見えるものだと思っていました。それは私の認識が間違っていて、メガネでできるのは例えば50センチの距離(パソコン)に焦点を合わせて作ることでしかなく、そのメガネではもっと近い距離も遠い距離もぼやけてしまうのです。しかも年々目の方も年を取って複雑な様相を呈してきて、 左右の視力差も大きくなっています。
だから、右目の視力と左目の視力を同じに矯正すると、見える大きさが違ってしまい、両眼で見るとぶれてチカチカしてしまいます。そのために左右で矯正視力に差をつけて、同じ大きさで見えるように調整していることも知りました。後は脳内でうまく補正して「見える」という訳です。
今回は初めてのチェーン店の眼鏡屋さんで作りました。そこはフレーム代金にレンズ代が含まれているシステムで、私の強度で複雑な処方も追加料金なしでした。(熱や傷に強いコートは追加料金有) これまでで一番安く眼鏡を作ったかも。
せっかくなのでフレームもちょっとおしゃれなのを選んでみました。遠くの良く見えるメガネで奈良興福寺の仏様を見に行きたいな~。
| 遠距離用 |
| 手元用 |
登録:
投稿 (Atom)